本書では、「相模原市 障害者施設襲撃事件」として報告された大量殺人事件を中核とした。この事件を芹沢は、優生思想、自己反問、「ある」の喪失から自らを疑うことを問う。また「共同のナルシシズム」の執行者として襲撃犯、植松聖を見る。さらに、芹沢俊介ただひとりが言及した植松の刺青という自己破壊衝動の露出した部分にも「ある」の存在論的な喪失を見る。
そして、その養育が十二分になされていると、例えば「朝霞市 中学校一年生少女『失踪―帰還』事件」の少女が二年もの間、失踪(監禁)されていたとされる事件において、少女が自己を見失うことがなかったように見えるのはなぜなのか、という問に対して、少女の中に「ある」が充実して内部化されていたことが、その生活を支えた、と語る。本シリーズの中で、唯一安堵する結末の事件であった。
最後の事件として所収したのは「座間市 二七歳青年男女九人連続致死事件」。SNS社会によって露になってきた「いのち」が浮遊し寄る辺なき状況にあることを芹沢は見ていく。ここで「集団自殺」と「集合自殺」を峻別することの意味が了解される。自己の存在感覚としての「ある」の十全な発露感覚が失われていくなかで、いのちが浮遊していく。
こうして、芹沢俊介の養育論は、自己の「ある」の充足化を映し出す鏡として、その思想が私たちに問いかけてくる。「あるがするに先行しているか」と。
事件篇Ⅴ 目次
はじめに
朝霞市 中学校一年生少女「失踪―帰還」事件
二年という歳月/『遠野物語』/忽然姿を消した女/「誘拐監禁」事件の概要/公開捜査へ/誘拐の動機/犯行者について/父親のコメント/「監禁場所」/少女の「日常」/名前の呼び方・呼ばせ方/不可思議な監禁生活/この子は泣かなかったのだろうか/なぜ逃げなかったのか/暮らしの成立/兄妹の関係/一緒に行動する/女性性―環境を受けとめる力/苦境を環境に変える力/選ばれた者の誇り/養育の成功が力となった
相模原市 障害者施設襲撃事件
三つの視点/背中いっぱいにひろがる刺青/我々に共有されている優生思想/事件の概要/殺人マシーン/衆議院議長宛の手紙/植松聖の手紙=続き/作戦内容/全人類が心の隅に隠した想い/植松聖の本気/特別支援学校の教員を目指していた/植松聖の虚偽/内なる優生思想に対する自覚の欠如/標的は特定化されている/最首悟さんの見解/耳元での悪魔のささやき/犯罪史的に/幸徳から大杉へ/国家意志を汲み取った犯行/民間人が国家意志を代行しようとした/共同の被害者的妄想/教員採用試験の失敗と刺青/教員になることの断念/サディズム・マゾヒズム/自己の抹殺/国から役立たない人間として抹殺された/隠ぺいということ/共同のナルシシズム/挫折は自分の責任ではない/父親に敗北してしまった/事件が起こらないためには/「いま・ここに存在している」ことが価値/「ある」は「する」に先行しなくてはならない。
座間市 二七歳青年男女九人連続致死事件
座間事件/部屋にはもっと何人もの遺体/現場周辺を歩く/強い自殺願望を抱いていた/計画的で冷酷な殺人事件ではない/寄る辺ない魂の行方/生と死の二分法/不用意で無責任な発言/矛盾だらけの新聞報道/貶められる死者たち/未発表の原稿/死出の旅へ赴きたい/ためらっていない/抗いがない/睡眠薬が使われた/ひもが使われた/介入した心理の問題/想像できなかった現実/クーラーボックス/最後に身を寄せる所/自殺/集団自殺/集合自殺/嘱託自殺/集合自殺と嘱託自殺の間
刊行にあたって
書名 | 芹沢俊介 養育を語る 事件篇Ⅴ |
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発行日 | 2020年3月22日 |
サイズ等 | A5判 115ページ |
ISBN | 978-4-9910235-4-5 |
定価 | 1018円(税込) |