本書は「養育を語る会」において、芹沢俊介が「養育論」+「情況論」を「語り降ろした」記録を元に、芹沢俊介の養育論として、ブックレットの形で刊行し始めたものである。当初は、事件篇四冊、理論篇二冊、計六冊のシリーズとする予定であったが、しかし、事件篇を刊行し終えて「コレダケデハ終ワレナイ」という思いを刊行準備を進めるなかで、強く感じるようになっていった。
このシリーズを刊行しえた背後には、芹沢養育論を背骨とし、編集作業開始から五年、六二〇ページもの大著『養育事典』(芹沢俊介・菅原哲男・山口泰弘・野辺公一・箱崎幸恵編 明石書店・二〇一四)において、芹沢が徹底的に中核的な編纂者となり、その半分以上を書き下ろした成果があった。
この『養育事典』は、芹沢養育論の代表的著作とも言え、芹沢養育論の中核をなすキーワードを「事典」という形にすることで、何度もその概念をループさせ、相互に対照化させることができる優れて戦略的な形態である「事典」スタイルにその意義があった。
この成果を踏まえて、このシリーズはスタートしたともいえる。
さて、本巻から「理論篇」と銘打ち全三冊としてまとめ、順次刊行していく。
芹沢が「語る会」において、参加者にその養育論の基本を丁寧に語っている回がある。その回をまとめたのが理論篇という、何やら読者に難解なイメージを与えかねないシリーズ名であるが、むしろ芹沢養育論の基本的な成果を教えてくれるシリーズである。
フロイト、ウィニコット、クラインらの系譜を養育論の栄養素として示し、養育論の構築過程を丁寧に語っていくのが、この巻から始まる理論篇の特徴でもある。取り分け、ウィニコットとの邂逅とでも言いたい読み込みと創意から生まれた言葉は、芹沢俊介以外誰一人なしえなかったものである。彼らと真摯に向き合い、情況と対峙し、更なる強固な思想としていくための戦い方を魅力的な話言葉で語っていく、この「理論篇」を読者と共有できれば、と切望する。
理論篇Ⅰ 目次
はじめに
原初的母性的没頭
原初的母性的没頭とは/乳児院研修会にて/どうしたら時間内に乳児たちの食事を終わらせることが出来るか/職員に協力させられる乳児たち/信頼ということ/根底の信頼はリライアブル/「両親の間に生まれた子」―国語辞典の中の子ども/産むと育ての間には断絶があった/子育ては「間」、養育は「間」の外/養育論のベースに原初的母性的没頭を/二人の心理学/愛情の流れと官能の流れ/没頭の積極的な価値/マザーリング/没頭は「病気」様/子どものニードとは/イノセンス/絶滅の脅威/意志的ということ
子どもの不安と恐怖
フロイトの二つの論文をベースに/不安と恐怖/制止と症状/子どもの覚える三つの不安・恐怖/根源は母親喪失/期待・絶望・不安/「泣く」の二つの意味/「手を握って」/『びわこ学園』の二つの事例/入園後十四時間半での死/入園後十八日目の死/ひたすら泣く/子どもが待てる時間/子どもが待てない時間/Ⅹ+Y+Zは遺棄、虐待/不安増減法/Ⅹ時間を延ばす/子どもを待たせない/不安と恐怖の関係/対象喪失の三段階/抵抗の段階/絶望の段階/離脱の段階/母親への無関心―究極のⅩ+Y+Z像
「盗み」論
「ひそかに、こっそりと」/盗み殺せむ―『古事記』/お賽銭を盗む母娘/盗みのてんまつ/娘の雪駄を盗む/恋愛―人目を盗む/川崎・老人ホーム殺人事件/十九件の盗み/養育の場での盗み/個別生活の欠如/個別生活の徹底化―師康晴の実践/「おっぱい」を得ようとする行動/何を盗むのか/剥奪されたおっぱいの取り返し
登戸カリタス小生徒襲撃事件と練馬元官僚息子殺し事件
カリタス―神のような愛/選択的無差別殺傷事件/整然とした部屋/時間が止まっている/親に捨てられる―子ども時代/自分を消して生きる姿勢/精神保健センターが関わった/手紙を書く/「八〇五〇」問題/「一人で死んでくれ」というイデオロギー/練馬息子殺し事件/元農林事務次官の犯罪/仰向けに死んでいた/凶行現場は和室/虚偽に満ちた供述/教育家族/別居していた親子/戻ってきた息子/同居は誰が望んだのか/息子殺害を急ぎ始める/「うるせえな、ぶっ殺してやるぞ」というのは口癖/熊沢英一郎という人/息子を悪者に仕立てた父親
刊行にあたって
書名 | 芹沢俊介 養育を語る 理論篇Ⅰ |
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発行日 | 2020年10月20日 |
サイズ等 | A5判 140ページ |
ISBN | 978-4-9910235-5-2 |
定価 | 1018円(税込) |